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大阪地方裁判所 昭和62年(ワ)8507号 判決

原告(反訴被告) 乙山大学産業・法律情報研究所内 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 三山峻司

右同 松村信夫

被告(反訴原告) 日東工業株式会社

右代表者代表取締役 中野喜一郎

被告 株式会社レオン(旧商号株式会社レオンマシン協同)

右代表者代表取締役 高瀬栄一郎

右両名訴訟代理人弁護士 金子利夫

右同 竹岡富美男

主文

一  原告(反訴被告)の請求をいずれも棄却する。

二  原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)日東工業株式会社に対し、金五九〇〇万円及びこれに対する昭和六二年九月八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告(反訴原告)のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、本訴反訴を通じ、原告(反訴被告)及び被告(反訴原告)日東工業株式会社に生じた費用の各三分の二並びに被告株式会社レオンに生じた費用を原告(反訴被告)の負担とし、原告(反訴被告)及び被告(反訴原告)日東工業株式会社に生じたその余の費用を被告(反訴原告)日東工業株式会社の負担とする。

五  この判決の第二項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  原告(反訴被告)の本訴請求

1  被告らは、別紙著作物目録記載一のデータベースを自ら有線送信し、あるいは第三者をして有線送信させてはならない。

2  被告らは、別紙著作物目録記載二の判例データベースに収録された判例データリスト及び別紙著作物目録記載三の判決抄録を自ら複製し、あるいは第三者をして複製させてはならない。

3  被告(反訴原告)日東工業株式会社は、原告(反訴被告)に対し、金三〇〇〇万円及びこれに対する昭和六二年四月四日(訴状送達の日の翌日)から支払済まで年五分の割合による金員(民法所定の遅延損害金)を支払え。

二  被告(反訴原告)日東工業株式会社の反訴請求

原告(反訴原告)は被告(反訴被告)日東工業株式会社に対し、金九〇〇〇万円及びこれに対する昭和六二年九月八日(反訴状送達の日の翌日)から支払済まで年五分の割合による金員(民法所定の遅延損害金)を支払え。

第二事案の概要

(各請求の概要)

本訴請求は、原告(反訴被告。「原告という。)が、その作成した判例(最高裁判所及び下級裁判所の裁判例の意味で「判例」という語を用いる。)情報をコンピュータの記憶装置に蓄積したデータベースの有線送信、個々の情報の複製をして公衆に提供すること等を被告(反訴原告)日東工業株式会社(「被告日東工業」という。)に許諾していたところ、同被告が、その使用料(月額一〇〇万円及び売上高の三パーセント)を支払わないから許諾契約を解除したとして、同被告及び同被告から再許諾を受けた被告株式会社レオン(「被告レオン」という。)に対し、著作権に基づいて右データベースの有線送信及び情報の複製の差止を求めるとともに、被告日東工業に対し、契約で定めた違約金(同被告から支払いを受けた使用料と同額)の内金三〇〇〇万円の支払いを求めるものである。

反訴請求は、被告日東工業が、原告に対し、債務不履行を理由に、許諾契約で定めた違約金(原告に支払った許諾料及び使用料の倍額)の内金九〇〇〇万円の支払いを求めるものである。

一  原告は無体財産権法を専攻分野とする乙山大学法学部教授であり、昭和五九年頃、特許法・実用新案法・意匠法・商標法・著作権法・不正競争防止法の各分野における判例情報をコンピュータにより簡易検索処理できるデータベースの作成作業を行っていた(争いがない。)。

二  先行契約

1 昭和五九年一〇月二〇日頃、原告は、「乙山大学労研内産業科学研究室 室長・教授 甲野太郎」名義で、「株式会社ABC 代表取締役 甲野一郎(原告の子。「一郎」という。)」名義の一郎との間で、原告が、原告作成にかかる無体財産権法判例データベースの販売に関し、一郎に対し独占的販売権を付与し、一郎が行う商行為に対し、無条件の総代理権を与え、これに対し一郎はロイヤリティを原告に支払う旨の契約を締結した。

2 昭和六〇年二月二一日、株式会社A・B・C(「ABC」という。)が、情報処理サービス業及びデータ・ベースの製作、開発等を目的として設立され、一郎が代表取締役に就任した。

3 右同日頃、ABCと被告日東工業は、① ABCは被告日東工業に対して、原告作成の無体財産法判例データ・ベース(データ・リスト、判決抄録、総合判例コメント、判決文)におけるソフトウェアシステム及びハードウェアシステムの使用を許諾する、② 右データ・ベースのうち、データ・リスト及び判決抄録は後記③により引き渡し、総合判例コメント及び判決文、データ・リスト及び判決抄録のコピーについては、ABCが所持する、③ データ・リスト及び判決抄録の引き渡し予定期日については双方の協議によって決定する、④ 被告日東工業はABCに対し、データ・ベースの使用許諾料として、昭和五九年一一月五日に一七三四万円、同年一二月二〇日に三〇〇万円、昭和六〇年一月二〇日に九六六万円、合計三〇〇〇万円を支払う(既払分を充当)、⑤ 被告日東工業はABCに対し、毎月二〇日限り、データ・ベースの原価として、昭和六〇年一月から月額三〇〇万円を支払う、⑥ 被告日東工業はABCに対し、データ・ベースの総売上の三パーセントを月額ロイヤリティとして支払う、⑦ データ・ベースの全著作権(人格権・財産権)は、原告が所有する、等の約定を記載した使用許諾契約書に調印した(この契約を「先行契約」という。)

三  本件契約

原告と被告日東工業は、昭和六〇年七月頃、同年二月二一日付契約書に調印して、左記1記載のもの(この項では「本件システム」という。)について、原告を許諾者、被告日東工業を被許諾者として左記概要で独占的に実施許諾する旨の契約を締結した(争いがない。この契約を「本件契約」という。)。

1 実施許諾の対象

(一) 原告が契約締結日までに開発、作成した無体財産法関係の判例検索システム及びそのデータベース。

(二) 原告が将来開発作成する無体財産法関係及びその他の法令関係の判例検索システム及びそのデータベース。

(三) 右(一)及び(二)を改良し更新し補充し訂正したもの。

(四) 右(一)及び(二)以外のもので、それに関連する著作物。

(五) 右(一)及び(二)に関して原告が出願中のないしは出願予定の工業所有権。

2 権利金及び使用料

(一) 被告日東工業は、原告に対し、独占的実施権設定許諾の対価として金三〇〇〇万円を支払う。

(二) 原告と被告日東工業は、被告日東工業がABCに対し支払済の使用許諾料を前項の許諾料(権利金)に充当することに合意する。

(三) 被告日東工業は、原告に対し右(一)の権利金のほか、契約締結日以降毎月二〇日限り月額金三〇〇万円及び本件システムの月間売上高の三パーセントの金員を使用料として支払う。総合判例コメント等の売上についてはその六〇パーセントの金員を使用料として支払う。

(四) 右(三)の月額金は昭和六〇年一一月以降金一〇〇万円とする。

3 独占的実施

原告は、被告日東工業に対し、本件システムを独占的に実施させるものとし、実施とは本件システムを複写し、製造し、使用し、譲渡し、貸し渡し、もしくはこれらのために展示し、開示することをいう。

4 再実施

原告は、被告日東工業が本件システムを第三者に対し再実施許諾する権利を承認する。

5 違約した場合の措置

当事者の一方が本件契約に違反した場合、本件契約は解除され、違反者は相手方に対し違反者が所持する本件システムに関する全資料を交付するとともに、原告が違反した場合は、原告が本件システムに関して被告日東工業より受けた権利金及び使用料の倍額を違反金として支払うものとし、被告日東工業が違反した場合は、被告日東工業が原告に本件システムに関して既に支払った権利金及び使用料の額と同額を違反金として支払う。

四  原告が作成(但し、本件契約締結後に作成したものも含む。)したデータベース及びそれに関連する著作物(著作権法上のデータベースに該当しないものも含まれるが、便宜上一括して「本件判例データベース」という。)の内容は次のとおりである(争いがない。)。

1 対象判例

公刊物に登載の昭和三五年以降に全国の裁判所で言渡された判決及び最高裁判所が編集した明治以降の公式判例集に登載された判決のうち、特許法・実用新案法・意匠法・商標法・著作権法・不正競争防止法に関連する国内判例(但し、全判例が収録されたか否かについては争いがある。)

2 利用形式

(一) バッチ方式(オフライン方式)

利用者が電話・郵便等によりデータ提供者に必要とするデータを要求し、データ提供者がこれに応じて複写サービスを行いデータを利用者に送付する方式。本件では、利用者が後記(二)のオンライン方式で検索した判例について判決抄録・判例論評(コメント)を必要とする場合にバッチ方式を併用してデータの入手が可能となっている。

(二) オンライン方式

利用者が端末装置を利用して直接コンピュータにアクセスし、通信回線を用いて必要なデータを入手する方式。本件では、検索キーワードを入力することにより、限られた範囲ではあるが、必要なデータを即時に検索できるようになっている。

3 バッチ方式におけるデータベース(別紙著作物目録記載二のデータベース)及び関連著作物の構成

(一) 判例データリスト(「判例検索データリスト」ともいう。)

判例データリスト用紙に裁判所名(略称)・事件番号(略称)・事件名(略称)・判決日・当事者・関連条文等の書誌的事項の他、法律キーワード・事実キーワードの各表示欄に従って必要事項を付加し、これをコンピュータの記憶装置へ入力したもの。

(二) 判決抄録(別紙著作物目録記載三のもの)

B4版一頁程度の判決抄録別紙に事件・判決日・当事者・原審・条文及び関連条文についての書誌的事項を表す表示欄と当該事件における争いの要点を表示する事実の争点欄、当該事件の当事者の主張の要点を表示する当事者の主張の要点欄、当該事件の判示事項を表示する判示事項欄及び判決の理由の要旨を表示する判決要旨欄の各記載区分に従って必要事項を分類記入したもの。

(三) 判例論評(コメント)

各判例について、その意味・動向・歴史的経過などについての論評を判例コメント又は事項コメントとして用意したもの。

4 オンライン方式におけるデータベース(別紙著作物目録記載一のデータベース)の構成

(一) 書誌的事項

事件番号・判決日・判決主文・裁判所名・訴訟種別・当事者・関連条文・出典等を一覧できるように整理したもの。

(二) 判決要旨

判決原文の内容を概要化し、その論点を明らかにするように要旨文を作成したもの。

五  被告レオンの行為

被告レオンは、情報の収集及び提供並びにコンピュータのソフトウェアの開発及び販売等を目的とする会社であり、被告日東工業より、本件契約に基づく再実施許諾を受けて、日本電信電話株式会社との間で公衆データ通信サービス(DEMOS:Denden Multiaccess Online System)利用契約を締結し、一部(前記四4)を同サービスを利用してオンライン方式で提供すると共に、オフライン・バッチ方式で検索した判例情報(前記四3(二)及び(三))を提供する、「HANIK DATA SERVICE」と称する契約を、二七名のユーザーとの間で締結している(争いがない。)。同サービスでは、希望に応じて具体的なテーマを中心に総合的な判例の傾向に対応できる対策をまとめる「判例コンサルタント」及び判決文の複写サービスも行っている。

被告レオンは、昭和六〇年九月から昭和六三年一月までの間に、同サービス(但し、昭和六一年二月頃まではオフライン・バッチ方式のみ)の提供により三三八万八七四六円の収入を得た。

六  著作物性(争いがない。)

本件判例データベース中、判例データリスト及びオンライン方式のデータベースは、情報の集合物であって、情報を電子計算機を用いて検索することができるように体系的に構成したもので、その情報の選択及び体系的な構成によって創作性を有するものであって、著作権法でいう著作物に該当し、判決抄録及び判例論評(コメント)は、学術の範囲に属する創作的表現物である。

七  本件契約解除の意思表示(争いがない。)

1 被告日東工業は、契約締結以後月間売上高の三パーセントの割合による使用料を支払わず、昭和六一年七月分以降、月額使用料一〇〇万円を支払っていない。

原告は、昭和六一年九月二九日被告日東工業に到達した内容証明郵便をもって右使用料の不払いを理由に本件契約を解除する旨の意思表示をした。

2 被告日東工業は、原告に対し、昭和六二年九月七日、本件反訴状をもって、本件契約を解除する旨の意思表示をした。

第三争点及び争点に関する当事者の主張

一  本訴事件における争点

1  本件判例データベースの著作権者は原告か乙山大学か

(一) 原告の主張

本件判例データベースは、原告が作成、著作したものであり、原告が著作権者である。

(二) 被告らの主張

本件判例データベースの作成、著作は乙山大学の機器を用い、原告が、個人としてではなく、乙山大学労働問題研究所内産業科学研究室室長の立場で、同研究室の事業として行ったものであるから、その著作権者は乙山大学である。

2  被告日東工業の売上高の三パーセント相当額の使用料不払が債務不履行といえるか

(被告らの主張)

右使用料の支払については、本件契約締結の際に、原告と被告日東工業との間で、「真に利潤が生じる状態になった時点以後支払う」旨の合意がされた。

仮に右合意が認められないとしても、右使用料の支払義務は、被告日東工業の正常な営業開始の時点、即ち被告日東工業が原告から本件契約の約旨に従ったデータベースの引渡を受けた時点で発生するものである。しかし、被告日東工業は、後記二1(一)記載のとおり、約定のデータベースの引渡を受けていないから、右使用料の支払い義務は発生していない。

仮に右使用料支払義務が発生したとしても、原告は、被告日東工業に対し、右解除の意思表示前に右使用料支払の催告をしていないから、解除の意思表示は、その効力を生じない。

3  被告日東工業の月額一〇〇万円の使用料不払が債務不履行といえるか

(被告らの主張)

原告は、後記二1(一)記載のとおり、昭和六一年七月当時データベース提供債務の履行を遅滞していたから、被告日東工業が昭和六一年七月以降、月額使用料の支払いをしていないことは正当であって、被告日東工業は債務不履行責任を負わず、原告の本件契約解除の意思表示は、先に履行する義務がある自己の債務の履行の提供をなさないままされたものであるから、解除の効果を生じない。

4  被告らの有線送信権及び複製権の有無

(原告の主張)

原告のした解除の意思表示が解除の効果を生じないとしても、被告日東工業も反訴状において本件契約を解除する旨の意思表示をしており、原告と被告日東工業の間では、本件契約を終了させる意思表示の点では合致があるから、遅くとも反訴状陳述の時点において本件契約は解除されたものというべきである。したがって、被らには、本件判例データベースをユーザーに提供しうる何らの権限もない。

5  被告日東工業の債務不履行責任が肯定された場合、同被告が賠償すべき損害金額

二  反訴事件における争点

1  原告に債務不履行責任があるか

(一) 被告日東工業の主張

(1) 原告は、先行契約の締結交渉に際して、被告日東工業に対し、許諾予定の判例データベースには一万件の判例が入力済であると説明していた。右一万件という件数表示は、判例データベースが実用に耐える相応の判例数を収録していることを示す徴憑と考えられ、一つの品質表示的役割を果たしていたものであり、被告は、大学教授である原告の右説明を事実と信じ、知的所有権法の分野で一万件の判例を収録していることが、他の判例集等と異なり優位に立ち、かつ実用上必要にして十分な数量であると信じて、ABCと先行契約を締結した。

ABCは、大学教授である原告が赤裸々な営利活動ができないため、本件判例データベースの使用許諾料を実質的には原告個人に帰属させる意図で原告によって設立された会社であり、原告がその実権を握っており、被告日東工業からABCに支払われた金員のうち一二二五万円が、原告が株式会社雄松堂書店に対して負担していた債務一三〇〇万円の内金弁済に充てられた。本件契約は、ABCの業務続行が困難となった後、原告がABCの先行契約の契約上の地位を承継する趣旨で締結されたものであり、原告は本件契約締結に際して、被告らに対し、被告日東工業に対するABCの契約上の義務は全て原告が承継し履行するので、原告に対し使用許諾料の支払いを継続して欲しいと明言していた。本件契約が、右趣旨で締結されたものであることは、本件契約の契約書において、同被告が先行契約に基づきABCに支払った三〇〇〇万円が本件契約における許諾料にそのまま流用充当されていること、本件契約の契約書の作成日付が、先行契約の作成日付と同日に遡らせて記載されたこと、原告自身が、本件契約締結後、被告らや関係者に対するファクシミリ通信において、「アスクの残務承継に伴う職務遂行の予定」「アスクの残務処理」「旧アスクの残務処理について」と記載していること、ABCが解散した際に原告がABCの資産を全て承継したことからも明らかである。また、本件契約締結に際しても、原告は、被告日東工業に対し、あと二、三か月あれば一万件全部のフロッピィディスクへの入力作業を完成させる旨約しており、昭和六一年四月二日にも、原告は、被告レオンからの問い合わせに対して、「データベース収録件数について、昭和五九年末まで約10000件ですが」と回答している。

先行契約、したがってまた本件契約は数量指示売買類似の契約であり、原告主張の如く判例データリスト数が四六二〇件ということであれば、およそこの種のデータを必要とする実務家の需要に応えられないものであり、被告日東工業が本件契約を締結することはなかった。

従って、本件契約上、原告は、オフライン・バッチ方式(判例データリスト及び判決抄録)、オンライン方式の如何を問わず、昭和五九年までの無体財産権法の判例一万件を本件判例データベースに収録する債務を負担していたところ、原告が現実に入力した判例の件数は、バッチ方式による判例データリストが四三九一件、オンライン方式によるもの三八二四件(レコード件数で五七七四件)にすぎず、被告日東工業は原告に対し再三にわたり右債務の履行を催告したが、原告はその履行をしなかった。

また、少なくとも原告は本件判例データベースが実用に耐えうる必要にして十分な質と量を備えるべきことは、三〇〇〇万円の使用許諾料の支払いの見返りとしては、至極当然のことであるのに、質面においても種々の瑕疵のあるものであった。

(2) 原告は、本件契約と同時又は遅くとも昭和六〇年一一月上旬までに、昭和五九年末までに言い渡された公表判例の判例データリスト及び判決抄録を入力したフロッピィディスクを被告日東工業に引き渡す義務並びに本件契約と同時に判例論評(コメント)を被告日東工業に引き渡す義務を負っていた。

原告は、被告日東工業に対し、判例データリストを入力したフロッピィディスクを引き渡したが、その入力件数は、四三九一件であって、公表判例件数(約五一二六件)を満たしていないし、右フロッピィディスクも、昭和六〇年三月にABCからデータの修正、追加があるので返送して欲しい旨の依頼があったため、被告日東工業はその頃それの複写を取ったうえでABC宛に返送しており、原告は修正、追加のなされたフロッピィディスクを引き渡していない。また、原告は、判決抄録については、フロッピィディスクは全く引き渡さず、プリントアウトしたもの五〇〇件分を引き渡したのみ、判例論評(コメント)は一〇〇件分を引き渡したのみであり、被告日東工業は、原告に対し右債務の履行を再三催告したが、原告はその履行を怠った。

(二) 原告の主張

(1) 収録判例件数について

先行契約においても本件契約においても契約書では収録判例件数につき何ら触れられていないうえ、独占的実施権設定の許諾対価や月額使用料を決定するについても収録判例件数は基準とされておらず、収録すべき判例件数は、本件契約の契約内容となっていない。知的所有権法に関連する国内判例が網羅されるような方向での収録作業がされていれば、膨大な判例中から必要な判例を体系的に簡便、迅速、正確に検索するというデータベースの機能を十分達成できるのである。

一万件という件数は、交渉過程で雑談の中で出た程度のものにすぎず、未登載判例の補充と将来の判例のデータベース化を見込んだセールストークないしは収録目標にすぎず、被告日東工業においても、そのことは十分了知していたことである。

なお、本件契約は、原告と被告日東工業の間で、先行契約とは別個の新規契約として締結されたものであり、原告は、先行契約におけるABCの法律上の地位を承継してはいない。

(2) 判例データリストについて

判例データリストについては、原告は、ABCを介して、被告日東工業に対し、昭和六〇年二月頃までに、昭和五九年二月度までに言い渡された公表判例のうち、判例数で約四六二〇件分の判例データリストを入力したフロッピィディスクを引き渡した。また、右フロッピィディスクを補正したフロッピィディスクも、昭和六〇年一一月に開催された北の丸データベースショーの際に、原告が被告日東工業担当者の朽網全二(「朽網」という。)に引き渡した。その他に、入力用の原稿は完成しているが、被告日東工業から使用料が支払われないために入力未了となっている分が、昭和五九年ないし昭和六一年度分の判例約六一八件分あり、これを併せると、判例データリストの件数は判例数で約五二三八件であり、この判例数は、昭和三五年以降に全国の裁判所で言い渡された判例のうち公刊物に登載されている判例及び最高裁判所が編集した明治以降の公式判例集に登載されている知的所有権法の国内判例をほぼ網羅している。

(3) 判決抄録について

本件判例データベースのうち、バッチシステムの利用形態は、ユーザーから被告らに対して電話や郵便等によって判例検索のリクエストがあり、これに対して被告らがコンピュータを用いて、予め原告(先行契約においてはABC)から提供を受けたフロッピィディスクに入力した判例データリストに基づいて必要な判例を抽出特定したうえで、検索結果をユーザーに報告し、ユーザーから更に判決抄録の要求があれば、この旨を原告(先行契約においてはABC)に伝え、原告(先行契約においてはABC)は、右判例データリストに対応して作成し、ハードコピーの形で保管してある判決抄録の写しを被告日東工業に送付し、被告らがユーザーに提供するというものであり、判決抄録を入力したフロッピィディスクないしはそれをプリントアウトしたものを予め被告日東工業に引き渡しておく必要はない。しかも、先行契約の当時においては、判例データリストの一部はIBM5550を用いてフロッピィディスクに入力していたため、TALK560を保有するにすぎない被告日東工業が検索することができなかったため(互換性の欠如)、判例データリストの検索もABCが行っており、その関係で判決抄録のユーザーへの提供も右検索を担当する者が行うことが便宜であったことから、判決抄録を入力したフロッピィディスクもそれをプリントアウトしたものもABCに留保していた事情がある。本件契約の締結に際して、右互換性の欠如の解消やユーザーへの判決抄録の複写サービスの方法について協議されておらず、原告及び被告日東工業の間で、暗黙のうちに、ABCと同じ方法によることが了解されていたものであり、現に、本件訴訟提起にいたるまで、被告日東工業がABCないし原告に対し、判決抄録を入力したフロッピィディスクないしはそれをプリントアウトしたものを引き渡さないことが契約違反である旨の抗議をしたこともない。原告には、判決抄録を入力したフロッピィディスクないしはそれをプリントアウトしたものを予め被告日東工業に引き渡しておく義務はない。

判決抄録は、判例データリストに対応する同数のものが作成されており、先行契約の段階ではABCが管理していたが、現在原告が管理している。

(4) 判例論評(コメント)について

判例論評(コメント)は、予め作成できるものもあるが、多くは、ユーザーからの個別のリクエストによってその都度資料を見直した上作成するものであり、このことは、本件契約締結に際して、原告が被告日東工業に説明した。事項毎のコメント諸資料は既に完成し原告が保管している。

(5) オンライン方式によるものについて

本件契約締結時には、判例データベースの提供はオフライン・バッチ方式によるもののみが考えられており、被告日東工業に原告から提供し許諾する対象となっていたのは、バッチ方式のデータベースを構成する判例データリスト、判決抄録及び判例論評(コメント)であった。しかし、その後判例データベースの提供について、当初予想されていなかったオンライン方式によるものが追加されたため、原告から被告日東工業に対してオンライン方式によるものについて新契約の締結をするよう申し入れたものの新契約が締結されないまま、なし崩し的に、原告から被告日東工業に対して同方式のデータベースを構成する書誌的事項と判決要旨を提供し、その使用を許諾してきたものである。

原告は、被告日東工業に対し、昭和五九年二月度までに言い渡された公表判例のうち、判例数で約四六七四件分の判決事項及び判示事項を入力したフロッピィディスクを引き渡した。その他に、入力用の原稿は完成しているが、被告日東工業から使用料が支払われないために入力未了となっている分が、昭和五九年ないし昭和六一年度分の判例約一〇一九件分あり、これを併せると、オンライン方式による判示事項及び判決要旨の件数は判例数で約五六九三件となる。

ユーザーからも、被告日東工業の使用料不払によりデータ更新ができなくなるまでは、データの不足を理由とする苦情はなかった。

2  原告の債務不履行責任が肯定された場合、原告の賠償すべき損害金額

(一) 被告日東工業の主張

(1) 被告日東工業は、本件判例データベースの使用許諾料として、昭和五九年一一月二〇日に一七三四万円、同年一二月二〇日に三〇〇万円及び昭和六〇年一月二五日に九六六万円の小計三〇〇〇万円を、本件判例データベースの使用料として、昭和六〇年一月二一日に一月分三〇〇万円、同年二月二〇日に二月分三〇〇万円、同年三月二〇日に三月分二〇〇万円、同年四月二〇日に四月分二〇〇万円、同年五月二〇日に五月分二〇〇万円の小計一二〇〇万円をABCに対して支払った。

(2) 被告日東工業は、本件判例データベースの使用料として、昭和六〇年八月二〇日に八月分のうち二〇〇万円、同年九月二〇日に八月分の残額及び九月分三三二万円、同年一〇月二一日に一〇月分二八三万円、同年一一月以降昭和六一年五月まで毎月二〇日頃各八三万円ずつ、同年六月二〇日に一〇〇万円の小計一四九六万円を原告に対して支払った。

(3) 被告日東工業は、昭和六〇年二月二一日に原告に対し二三四万円を利息二一万円、弁済方法は同年四月から昭和六一年六月まで毎月末日限り一七万円宛と定めて貸し渡した。昭和六〇年九月の四〇〇万円の使用料債務のうち六八万円は、弁済期の到来した分割弁済金六八万円の返還請求権と相殺する旨の黙示の意思表示をして支払い、同年一〇月から昭和六一年五月までは毎月一七万円宛を同様に相殺して支払った。

(4) なお、昭和六〇年三月分から五月分の残額各一〇〇万円、六月分、七月分の各三〇〇万円、計九〇〇万円は、被告日東工業、原告及び先行契約の仲介者である丙川花子(「丙川」という。)の三者で、データベースの瑕疵が治癒されるまでの間、丙川が経営するD・E・F・G有限会社(「DEF」という。)に預託することに合意し、それぞれその頃預託した。

(5) よって、被告日東工業は、原告に対し、金一億一八〇〇万円(違約金約定に基づき、(1)ないし(3)の権利金〔前記独占的実施権設定の許諾料〕及び使用料の合計額〔五九〇〇万円〕の倍額)の損害賠償請求権を有する。

(二) 原告の主張

(一)(2)の金員が被告日東工業から原告に対して支払われたことは認める。同(1)はABCに支払われたものであり、同(3)の二三四万円の消費貸借契約を締結した事実は認めるが、それはABCが昭和五九年一二月二〇日に被告日東工業から借り受けた金員を原告が支払う旨約して昭和六〇年七月か八月頃に締結したものである。本件契約の違約金条項の対象となる原告が被告日東工業から受領した権利金及び使用料は右(一)(2)の一四九六万円のみである。

被告らは、中小企業や実務家等に対し積極的な販売促進活動をほとんど行っておらず、その販売促進活動は極めて拙劣であり、かつオフライン・バッチシステムがいかなるものか、また本件判例データベースに何時までの判決日のものが入力されているかすら理解しておらず、ユーザーに対し的確な応答ができない状態にあった。被告らが昭和六一年七月以降使用料の支払いを停止したのは、被告ら経営の「HANIKDATA SERVICE」のサービス提供による利益が当初予想していた程上がらなかったためであり、本件反訴請求は、自己のディストリビュータとしての営業努力の拙劣・欠如を棚にあげて、そのことにより被った不利益を原告に一方的に転化しようとするものであり、不当である。

第四争点に対する判断

一  本訴事件の争点1(著作権の帰属)について

1  《証拠省略》を総合すると次の事実が認められる。

(一) 乙山大学は、昭和五七年一〇月に、商経学部労働問題研究所内に産業科学研究室を設置し、原告が同研究室の室長に就任した。同研究室には、産業部門と科学部門があるが、産業部門では、原告を中心として、講師一名の他、院生、学生、卒業生、実務家、技術系企業人等からなるプロジェクトチームを編成して、設立以来無体財産法関連の判例のデータベース作成作業を一貫して行ってきた。本件判例データベースのうち判例データリスト、判決抄録及び判例論評(コメント)は、右作業によって作成されたものであり、判例データリストについては、昭和五九年一一月頃には、同研究室においてほぼ入力作業が終了し、判決抄録や判例論評(コメント)の原稿も相当数完成していた。

(二) 右作業に際しては、原告が、対象判例を選定し、判決抄録の形式を決定し、判例データリストの各種データをコンピュータの記憶装置(フロッピィディスク)に入力するための、データの項目・形式を決定し、フォーマット(様式)を作成した。

また、原告の指揮・監督のもとに、原告及び右プロジェクトチームの構成員が、各種判例集及び判例批評等の原資料を収集し、その要旨をまとめて判決抄録を作成し、各判例を分類して書誌的事項を整理し、各判例から法律用語のキーワード(法律キーワード)及び技術用語や物品・事項の名前等のキーワード(事実キーワード)を抽出したキーワードリストを作成すると共に判例データリストを作成し、判例論評(コメント)を作成した。

入力作業は、原告が雇傭した学生アルバイト等を補助者に使用して行った。

(三) 昭和五九年一二月頃以降は、原告が、判決抄録の原稿を作成し、判例データリストのキーワードの点検、誤記の点検を行い、判決抄録の入力作業はABC(ないしはABCこと一郎)の従業員にさせた。

原告は、昭和六〇年春頃から、オンライン方式のデータベースの作成にも着手し、書誌的情報の項目、形式を決定してフォーマット(様式)を作成するとともに、右プロジェクトチームの構成員の協力を得て、各判例毎に、判決抄録を利用して、要旨を作成するとともに、あらためてキーワードを抽出し、各判例にキーワードを付加する作業を開始した。

(四) 原告は、本件判例データベースの作成や個々の情報(判決抄録、要旨、判例論評〔コメント〕)の著作について、右プロジェクトチームの構成員の協力を得たが、これらは、多くの場合、原告の指揮・監督の下に原告の作成・著作行為を補助したものであり、仮にこれら協力者が単なる補助をこえた創作的行為を行った部分があるとしても、その者は、その行為当時黙示的に原告にその著作権を譲渡している。

(五) 前記研究室は、乙山大学に属する研究室ではあるが、乙山大学から原告に支給される個人研究費や法学部の研究費で通常の備品やワードプロセッサ一台、パーソナルコンピュータ一台及び複写機一台を購入した他は、同研究室運営のための特別の費用は乙山大学からは出捐されておらず、研究室を設置する場所も、大学講外に当初は原告の知人から無償で借用し、その後、原告の費用で購入したマンションを研究室に充てており、入力作業を担当したアルバイトへの賃金も、原告が、株式会社雄松堂書店から借り受けるなどして負担し、昭和六〇年一二月以降は、機材(キャノンNPプリンター、IBM5550、ゼロックスTALK560及び複写機各一台)もABCの名義でリースを受けて入力作業を行った。また、本件判例データベースのユーザー募集のために作成配付したパンフレットには、「編集・著作 甲野太郎」と明記され、オンライン方式によって検索してプリントアウトされたデータの末尾には著作権者として原告個人名が明示されている。

2  右各事実を総合考慮すると、本件判例データベースのうち、別紙著作物目録記載一のデータベース、同目録記載二の判例データベースに収録された判例データリスト及び同目録記載三の判決抄録の著作権者はいずれも原告であると認めざるを得ない。

なお、本件判例データベースが同研究室に関係する者の協力を得て作成され、原告が先行契約に先立ち株式会社ABCこと一郎との間に前示の契約を締結するに際して同研究室室長名義を用いた事実があるけれども、乙山大学が本件判例データベースの作成・著作を発意し、原告が同大学教授としての職務上、同大学の事業として本件判例データベースを作成・著作し、或いは原告が乙山大学に本件判例データベースの著作権の全部又は一部を譲渡したと推認することはできない。

二  反訴事件の争点1(原告に債務不履行責任があるか)について

1  前記事案の概要欄記載の事実、《証拠省略》を総合すれば、本件契約締結に至る経過は次のとおりと認められる。

(一) 原告が、昭和五九年夏頃までに作成作業を進めていたデータベース及び関連著作物は、次の内容のものであった。

(1) 対象判例……特許法、実用新案法、意匠法、商標法、不正競争防止法及び著作権法に関連する、昭和三五年以降に最高裁判所及び下級裁判所で言い渡され、公表されて入手可能な判例及び大審院又は最高裁判所が編集した明治以降の公式判例集登載の国内判例。

(2) 「判例データリスト」……各判決毎に、判決の言渡日、裁判所名等の書誌的事項の他に、判決文から法律キーワード(法律用語のキーワード)及び事実キーワード(技術用語や物品、事項の名前等のキーワード)を抽出してキーワードの付加をして(KWOC〔Keyword Out of Context〕方式)表としてまとめ、これをコンピュータの記憶装置に入力したもの。書誌的事項や法律キーワード及び事実キーワードをキーワードとして検索ができる。検索結果として出力される「判例データリスト」には、各判決毎に後記(3)の「判決抄録」の番号、及び対応する後記(4)の「判例論評(コメント)」が準備されている場合には、その番号も付しておき、それらを探し出すことができる。具体的には、TALK560を用いてフロッピィディスクに入力していた。

(3) 「判決抄録」……B4版一ページ程度の用紙に、裁判所名、事件番号、事件名、判決の結論、判決言渡日、当事者名、原審の事件番号、関連条文の他、「事実の争点」、「当事者の主張の要点」、「判示事項」及び「判決要旨」欄に分けて、判決内容を要約したもの。将来的には、判決抄録全体をコンピュータの記憶装置に入力し、抄録の中に含まれる用語をキーワードとする検索(KWIC〔Keyword In Context〕方式)を可能とすることを構想していた。もっとも、ABCに入力作業を引き継ぐまでには、九二件の判例についてフロッピィディスクに入力したにすぎず、その他の判例に関しては原稿段階にとどまり、その原稿も、判決文の写しに判決抄録用のフォーマットに入力できるような記号をつけた程度のものにすぎなかった。

(4) 「判例論評(コメント)」……個々の判例についての論評を判例コメントとしてまとめたもの及び各判例に共通する事項について、その事項の意味、動向、歴史的経過などについての論評を事項コメントとしてまとめたものであるが、判例データリスト収録判例のごく一部について作成していたにすぎなかった。

(5) 「各種対策」……データベースとの直接の関連はないが、データベース運営に付随する業務として、原告及び研究室の判例研究の成果に基づいて、ユーザーからの申出に応じて、各種の対策を提案する。

(6) 検索方法……当面は、ユーザーが、データベースサービス提供者に対して電話か郵便で検索を依頼し、データベースサービス提供者はそれに応じてバッチ処理方式(一定期間又は一定量のデータをひとまとめにして処理する方式)でコンピュータを用いてキーワードにより判例データリストを検索し、そこに付された番号又は事件番号により、判決抄録及び判例論評(コメント)を、コンピュータの記憶装置(フロッピィディスク)への入力ができている場合にはコンピュータを用いて検索し、入力できていない場合にはそれらを整理した棚等から探し出して、プリントアウトした判例データリストやプリントアウトないし複写機を用いて複写した判決抄録及び判例論評(コメント)を郵送ないしファクシミリで送る方法(オフライン・バッチ処理方式)による。将来構想としては、判決抄録自体をKWIC方式で検索できるようにし、かつデータベースの運用に供するコンピュータとユーザーの保有する端末機とを通信回線で結び、オンライン・リアルタイム方式で、ユーザーが自らキーワードを用いて判決抄録を検索できるようにする。

(二) 原告は、右データベース(関連著作物を含む)の作成に必要な費用を、大学から支給される研究費や個人資金(借入金を含む)で賄うことが困難となったことから、昭和五九年春から夏にかけての頃、当時原告が運勢判断をして貰っていた丁原春夫(「丁原」という。)及び同人から紹介されたDEF代表取締役丙川に、データベース作成の作業中であり、これまで投じた作成費及び今後これを完成させるために必要な資金を援助してくれる会社を探して欲しい旨依頼し、援助してくれる会社に対し判例データリスト、判決抄録及び判例論評(コメント)をオフライン・バッチ方式でユーザーに提供する事業を許諾する予定である旨説明し、それらのサンプル、原告作成の書面(乙一の一)、新聞記事(乙一の二)及び雑誌記事(乙一の三)を渡したうえ、判例論評(コメント)については、それは一種の鑑定書であり、ユーザーからの問題点に関する問い合わせの注文に応答できるように常に資料を用意している旨説明した。

その際原告が渡した書類のうち、(イ) 原告作成の一九八四年四月二日付の「序文」と題する書面には、「当研究室では、1982年10月以来、判例(裁判所判決例)のコンピューターによるデータ・ベースの作成に従事している。はや1年数ケ月を経て、約2万件に近い、無体財産法(特許、実用新案、意匠、商標、不正競争、著作権の各法律)関係のデータ・ベース化を手がけ、その半数の数をこなす成果をあげている。今年秋ころには、全判例のデータ・ベース化を完成し、さらに他の法領域にも着手する予定でいる。……このデータ・ベースは、単に判決原文を提供するだけではなく、関連し、求めている関係判例の要約や要旨を引出し、さらに個々の判例のコメントや関連する判例の全体的、総合的な判例の総合判例コメントをも引出すことができる。……さらに深く研究する場合には、参考文献や資料の提示も附されている。」と記載しており(乙一の一)、(ロ) 昭和五九年七月一〇日発行の朝日新聞夕刊には、「判決抄録をデータベース化」、「特許法など1万件」「乙大研究室 30分以内に検索」との見出しの下に、「裁判の判例研究の省力化とスピードアップをねらって乙山大学産業科学研究室が、特許法や著作権法など無体財産法の全判例約一万件の抄録をコンピュータに入力、データベース化することに成功した。判例の各種データを磁気テープなどの形でコンピュータに大量に記憶させ、百科事典のように必要な時に知りたい情報を自由に取り出せるわけで、こうした試みは全国でも初めてという。いまのところ、学術研究が主目的だが、将来は刑法を除く全法律の判例を網羅、大型コンピュータを使って弁護士事務所や企業へのサービスも夢見ている。研究の中心は同大学産業科学研究室長の甲野太郎法学部教授(四八)。二年前に同研究所が設立されると同時に判例のデータベース化を計画。卒業生や大学院生ら八人のスタッフとともに判決文などの収集に当たり、去年七月からオフィスコンピューター五台を駆使して入力作業に取り組んできた。判例データの中心は昭和三五年以降に全国の裁判所で出された判決文、最高裁が編集した明治以降の公式判例集を基礎にしている。各裁判所の事件番号、判決日、当事者名、関係条文、係争内容の分類(法律キーワード)、係争事実のメモ(事実キーワード)が一目でわかるリストを作成してコンピューターに入力。さらに、法律、事実の両キーワードの組み合わせで判決を特定し、その抄録をはじめ、二百―三千二百字にまとめた論評、時代的背景や参考文献を紹介したコメントが自動的に引き出せる仕組みだ。例えば、意匠権侵害の判例を調べる場合、コンピュータのキーに『イショウケンシンガイ』と打ち込めば、最高裁から地裁に至るまでの各判例の資料リストが数分でコンピューター連動のタイプで印刷される。このリストをもとに、例えば東京地裁で意匠の類否について法的判断が求められた四十四年三月七日の判決『レジスター(金銭登録機)事件』の判決抄録を知りたい場合、事件番号と『意匠の類否』という法律キーワード、それに『金銭登録機』という事実キーワードを使ってコンピュータに検索をさせれば、①事実の争点②原告、被告の主張③判決要旨④判決要旨をさらに要約した判示事項―の四項目がタイプ印刷される。求めに応じて判決の時代的背景などの詳細も取り出せ、すべてを三十分以内にこなすことが可能。」と報道されており(乙一の二)、(ハ)原告作成名義の「乙山大労研内産業科学研究室の判例(法律)データベース」と題する雑誌記事には、「判例データベースの構築」との小題の下に、「乙山大学労働問題研究所・産業科学研究室では、室長・甲野太郎教授のもとでデータベース・プロジェクトチーム(院生、学生、卒業生、実務家、技術系企業人等)を組み、無体財産法関係の判例のデータベースの構築作業を進めているが、判例のキーワードによる検索のコンピュータシステムがほぼ完成し、この秋の業務提供にむけて、入力済みデータのチェックや周辺資料の整備に追い込みをかけている。この判例データベースは判例の抄録、判例の論評と併わせて、相互に関連づけて提供できる国内外で初めての方式である。現在は各判例から、法律用語のキーワード(法律キーワード)および技術用語や物品、事項の名前等のキーワード(事実キーワード)を抽出したデータのリストを基礎に検索する段階であるが、抄録自体を大型コンピュータのオンラインシステムで検索できるシステムへの移行が可能なように設計されている。また、今後は、取引関係、公害関係、民事・行政関係などの法全体にわたる判例へ拡張する予定となってる。」、「判例データベースシステムの概要」との小題の下に、「(1)対象となる判例 第1段階においてのデータベースの判例は、特許法、実用新案法、意匠法、商標法(以上工業所有権法)、および不正競争防止法、著作権法(以上を総称して知的所有権法とも言う)に関連した国内判例のうち、最近のもの約1万件を対象とする。(2)データベースの構成 判例は判決原本、各種判例集を一次資料とし、これを基礎に次の資料が作成されている。ア.判例データリスト/書誌的事項の他に、法律キーワード、事実キーワードを付加し、コンピュータ入力が可能な形に表としてまとめたもの(KWOC方式:Keyword Out of Context)。なお、法律キーワードと各種用語については統制語として、別途キーワードリストが用意されている。イ.判決抄録/判例の二次資料となるべき資料として、B4版1ページ程度に原資料の要旨を圧縮したもの。(今後は、この抄録全体をコンピュータ入力することで、抄録の中に含まれる用語をキーワードとする検索(KWIC方式:Keyword Out of Context)を可能とする方向とする。ウ.論評(コメント)/各判例について、および判例共通する事項についてのその判例または事項の意味、動向、歴史的経過などについての論評を判例コメントおよび事項コメントとして用意されたもの。エ.各種対策/既存の判例を通じての内外の具体例についての研究。あらかじめ準備された資料で十分でない場合に各種対策を実施する。……(4)特徴 当研究室では、法学研究の過程で、各種判例の抄録への圧縮や法律キーワードの抽出を行なったので、本質的に法学的処理を一次資料に施すことができた。このため、キーワード検索システムの出力と判決抄録や、講評資料との接続が可能なことや、場合によっては新事実に対する対策まで実施できることなどの特徴を有し、この点では初めての試みといえる。」、「現在までの開発進捗状況」との小題の下に、「判例データリストはKWOC方式の検索のために検索用オフィスコンピュータに入力が完了している。現在用語の再度の見直しなどの一部の修正の作業中である。抄録は将来のKWIC方式の検索に備えて大型コンピュータにそのまま入力可能な形式のワードプロセッサのデータの形で作成中であり、本年秋の完成を目標に作業中である。大型コンピュータの利用が可能になれば、判決抄録を対象にKWIC方式で通常の電話線を用いて、IBM5550等のパーソナルコンピュータの端未モードでの使用でオンライン業務を可能としたいが、当面はバッチ業務引受けとなろう。」等と記載されていた(乙一の三)。

また、原告は、丁原及び丙川に、判例データリストは少し整理する必要があるが、一万件の判例についてのものが入力済である旨説明した(この点に関する右各証拠は乙一の一ないし三及び乙二七に照らし信用でき、この事実を否定する原告本人の供述は採用できない。)。

(三) 原告は、右資金援助会社の選定及びそれに伴う契約条件についての交渉を丙川及び丁原に委ねた。右委任に基づいて、丙川及び丁原は、昭和五九年七、八月頃から、旧日本国有鉄道関係の建築建材を主に取り扱う商社で、新規事業展開を企図していた被告日東工業と交渉を始め、原告自身も、同年九月頃、二回にわたり、丙川及び丁原とともに、被告日東工業の代表取締役中野喜一郎や同被告担当者朽網と面談し、交渉に参加した。

丙川及び丁原は、被告日東工業との交渉過程で、朽網らに対し、判例データリストをプリントアウトしたもの、判決抄録及び判例論評(コメント)の見本や、右原告作成の書面、新聞記事及び雑誌記事の写しを示し、収録判例は約一万件であり、判例データリストは入力済である旨説明するとともに、完成予定時期について、校正が必要であるが、判例データリスト及び判決抄録全体が年内にも完成し、昭和六〇年の春頃から営業活動が可能であるような説明をした。また、原告は、直接あるいは丙川又は丁原を介して、「判例データベースの構築の状況について」と題する産業科学研究室で作成した書面(産研資84―013)を被告日東工業に交付したが、同書面には、同研究室で作成中の判例データベースの説明として、対象となる判例、データベース及び関連著作物の構成、特徴、同年六月末までの開発進捗状況及び業務提供方式等について、前記(ハ)の雑誌記事と同旨の記載があるとともに、検索方法の一例が記載されていた。朽網及び被告日東工業代表者は、右丙川及び丁原の説明、交付を受け又は示された書面の記載並びに原告が実際には遅延していた現実の作業の進捗状況を説明しなかったことにより、対象判例は約一万件であり、判例データリストは入力済であって、少なくとも判例データリスト及び判決抄録は年内に完成し、昭和六〇年の春頃から営業活動をすることができると信じた。

丁原及び丙川は原告の代理人的立場で、被告日東工業と、原告が被告日東工業に作成中の前記判例データベースを独占的に使用することを許諾することを前提に、その使用許諾料等に関して交渉を続け、遅くとも昭和五九年一一月二〇日には、原告が、一郎を代表取締役として設立予定のABCに同判例データベースの使用を許諾し、ABCが被告日東工業に対して使用を許諾する旨、許諾料を三〇〇〇万円、毎月の使用料を三〇〇万円とする旨合意し、原告もそれに同意した。

右時点における作業の進捗状況は、対象とした判例の判例データリストについてはTALK560を用いてフロッピィディスクへの入力が完了し、校正や訂正も一応は終了して、キーワードによる検索が可能な状態になっており、判決抄録は、一部(九二件)入力が済み、その他は前記(一)(3)の程度の原稿が完成した程度であった。

(四) 被告日東工業は、右合意に基づいて、設立中のABCに対し、右判例データベースの使用許諾料として、昭和五九年一一月二〇日に一七三四万円、同年一二月二〇日に三〇〇万円、昭和六〇年一月二五日に九六六万円の計三〇〇〇万円を支払い、最初の一七三四万円のうち、一一五〇万円は、原告が、判例検索システムの販売に関する第一オプションを与え、同意なく同システムについての権利を第三者に譲渡処分したり権利設定しない旨の「判例検索システムに関する契約」を締結していた株式会社雄松堂書店からの借入金返済に充てられた。なお、原告は、右使用許諾料から右債務の支払に充てた事実はない旨供述するが、乙三五〔ABCの金銭出納帳〕の五頁目の昭和五九年一二月三日の摘要欄に「営業権買入れ(雄松堂書店)」の項目があり、支払金額が二七〇〇円と記載されているが、その金額自体不自然に低額であり、一一月二六日から一二月四日までの支払金額の合計は、一二六三万四三五〇円と記載されているところ、支払金額欄の金額を加算すると一一三万四三五〇円にすぎず、合計とは一一五〇万円の差があること、原告が昭和五九年一二月五日までに株式会社雄松堂書店に一一五〇万円を支払う義務を負担していたことから、右差額の一一五〇万円が株式会社雄松堂書店への原告の債務の返済に充てられたものと推認され、原告の右供述は採用できない。)。

設立中のABCは、昭和五九年一二月頃、原告と丁原の意向に基づいて、乙山大学労働問題研究所内産業科学研究室が入居するビルと同じビルの別フロアに事務所を借り、コンピュータ二台(TALK560一台、IBM5550一台)及び株式会社リコー製の複写機一台を用意した。

(五) その後、昭和六〇年二月二一日にABCが設立され、その頃ABCと被告日東工業とが契約書(乙二の二)に調印した。

ABCと被告日東工業は、ユーザーからリクエストがあった場合は、被告日東工業が検索作業を担当することで合意し、被告日東工業はTALK560を用意し、判例データリストを入力したフロッピィディスクを昭和六〇年二月に一郎が被告日東工業に持参して引き渡した。判決抄録は、一部のみしか入力できていなかったので、ABCが引き続き入力作業を継続した。また、被告日東工業は原告ないしABCがIBM5550を用いて入力したフロッピィディスクを処理するコンピュータを所持していなかったので、TALK560に入力した意匠法に関する判決抄録分のフロッピィディスクは引き渡したが、IBM5550を用いて入力した分はTALK560で使えるように変換してから、変換フロッピィディスクを引き渡すことにし、当面はユーザーからの注文がある度にABCが検索を担当しその結果を同被告に提供することで合意した。

被告日東工業は、昭和六〇年四月か五月頃には、判決抄録のフロッピィディスクへの入力が終わり、その引き渡しが受けられるものと信じて、被告レオンに右データベースの有線送信及び情報の複製を許諾し、被告レオンは、同年春頃から、判例データリスト(プリントアウトしたもの)、判決抄録(プリントアウトしたもの)及び判例コメントのサンプル等を持参して企業の特許担当部門や財団法人日本特許情報センター(JAPATIC)、社団法人発明協会等に対する営業活動を開始したが、日本特許情報センターに営業活動を行った際には、収録されたデータに関し、誤字脱字が多い、当事者名に誤りがある、判決抄録の「当事者の主張の要点」欄の記載が原告の主張と被告の答弁で噛み合っていない、素人が作ったものではないかなど、データ内容の欠陥を示唆する指摘を受けたため、被告日東工業は原告にその補正を要求した。

丙川は、被告日東工業に対し、昭和五九年一二月以降のABCによる判決抄録の入力状況を、現実よりも多く報告していたため、ABCは、自社で入力するほか、昭和六〇年三月から株式会社エミール・ビジネス・カレッジへワードプロセッサによるフロッピィディスクへの入力を外注せざるを得なかった。それまでに作成済の判決抄録の原稿は、判決文に、作成したフォーマットに入力できるような記号をつけたものであり、ABCが入力するにはそれで足りたが、外注に際しては、判決文から該当部分を切り取ってフォーマットに貼りつけたり、自筆で書き込む必要があったため、急遽原告がその作業を担当した。

また、判例データリストについては、ABCが被告日東工業に、同年四月三〇日、修正及びデータの追加・補充が必要であるから、フロッピィディスクを返送するように求め、被告日東工業はその頃それの複写を取ったうえで返送したが、その後ABCは同被告に対し修正後のフロッピィディスクを引き渡さなかった。

ABCは、右外注のため、経費が増加していたにもかかわらず、丙川及び丁原から、被告日東工業が、「ABCではデータの入力はほとんどできて、後は人件費だけでいいだろうから、三月から月払分を二〇〇万円に減額する」と申入れてきたので、ABCに代わってその申入れを承諾しておいたという報告を受けて、やむなくそれを了承し、その結果、被告日東工業からの入金額が減少したため次第に経営が悪化し、事務経費の削減を図ったが、経費の不足や原告の判決抄録の原稿作成の遅滞などのために、判決抄録の入力作業は大幅に遅滞した。

(六) 被告日東工業は、ABCに対する支出が嵩む一方で、同社から修正後の判例データリストのフロッピィディスクの引渡しがないうえ、ABCへの連絡がつかないことさえあったこと、判決抄録の作成が遅れていることなどから、ABCに対して不信感を抱くようになり、昭和六〇年六月と七月分の月額使用料の支払を停止して、原告に善処を要求した。

その結果、原告と被告日東工業との間で、事案の概要欄記載の経緯で、本件契約が締結され、右契約締結に際して、原告は、被告日東工業に対し、息子の不始末であるから、自分が責任をもって、判例データリストのフロッピィディスクの修正並びに判決抄録の原稿作成及びワードプロセッサによるフロッピィディスクへの入力を完成し、判例データリストのフロッピィディスク及び判決抄録をプリントアウトしたものを引き渡すこと、並びにその債務を同年一〇月末日までに履行することを約した。なお、原告は、原告及び被告日東工業の間では、暗黙のうちに、ABCと同じ方法によることが了解されており、原告には、判決抄録を入力したフロッピィディスクないしはそれをプリントアウトしたものを被告日東工業に引き渡す義務はない旨主張するが、本件契約の契約書第5条(独占的実施)3項において、「甲(原告)は乙(被告日東工業)に対し、前項の本件システムの実施のため、本件システムに関するデータリスト、判決抄録、総合判例コメント及び判決文、その他必要な資料を交付する。」と明記している事実及び一九八五年一〇月二五日付の原告から朽網宛の通信文中に「抄録のコピーを来週からはじめます。一〇〇部単位で日東工業へ送ります。」との記載がある事実に照らし、右主張は認められない。

2(一)  一万件の判例を本件判例データベースに収録する債務について

原告が先行契約におけるABCの契約上の法的地位を承継したことを認めるに足りる証拠はない。本件契約は先行契約とは内容が異なる事実に鑑みると、前記本件契約締結に至る経過や被告日東工業主張の諸事実を考慮しても右承継の事実を推認することはできない。

もっとも、本件契約条項の解釈にあたり、本件契約締結に至る経過を参酌することは必要であり、前記認定事実によれば、先行契約締結に際して、被告日東工業の代表者が、原告が作成中の判例データベースは一万件の判例を対象とし、判例データリストは一万件の判例について入力を完了しており、抄録も同数を作成中で完成間近である旨信じたことが、先行契約、ひいては本件契約を締結する意思を形成した一要因であったことは認められるが、先行契約の契約書には対象判例数に関する記載はなく、被告日東工業も実際に対象法領域に関する判例のうちで公刊物に掲載されていて入手可能なものが何件あり、データベースに収録する価値のある判例が何件あるかといった点を契約締結に際して確認していないこと、また、原告はデータベースに収録する対象判例を特許法、実用新案法、意匠法、商標法、不正競争防止法及び著作権法に関連する、昭和三五年以降に最高裁判所及び下級裁判所で言い渡され、公表されて入手可能な判例及び大審院又は最高裁判所が編集した明治以降の公式判例集登載の国内判例としており、そのことは被告日東工業も了解していたことに照らすと、先行契約締結に際して、一万件の判例をデータベースに収録する旨の意思表示の合致があったとまでは認められず、このことは、本件契約締結に際しても同様である。

したがって、原告が、一万件の判例を本件判例データベースに収録する債務を負担していたと認めることはできない。右事実の他、被告日東工業も再実施許諾を受けた被告レオンも法律や判例に関する知識をほとんど有していなかったために対象判例の選定を原告に任せていたと認められることを考慮すると、原告は、右対象法領域に関連する判例中、昭和三五年以降に最高裁判所及び下級裁判所で言い渡された判例のうち客観的にみて合理的な努力により入手可能な判例及び大審院又は最高裁判所が編集した明治以降の公式判例集登載の国内判例を収集して本件判例データベースに収録すれば足り(前記1(六)の事実によれば、具体的には判例データリスト及び判決抄録をフロッピィディスクに入力することを要する)、かつ、専門的見地から判断してデータベースに収録する価値がないと客観的に判断される判例は収録の対象としないことも許容されていたものと解すべきである。

なお、オンライン方式によるデータベースについては、先行契約や本件契約締結に際しては、具体的には話題にのぼっておらず(但し、作成した場合に本件契約による使用許諾の対象に含まれることは、本件契約の契約書の実施許諾対象に関する記載〔前記第二の三1(二)〕、先行契約締結交渉の時点でユーザーが判決抄録をオンラインで検索するシステムに移行することを予定している旨記載した書面を原告から被告日東工業に対して直接ないしは丙川及び丁原を介して示したり交付したりしていること〔前記二1(二)及び(三)〕、判例データリスト及び判決抄録の情報とオンライン方式のデータベースの情報は内容的にほとんど重複しており、別個にユーザーに提供した場合には競合するものであることに照らして明白である。)、原告が、昭和六〇年四月二五日に、被告日東工業に知らせないまま、日本電信電話株式会社に対し、公衆データ通信サービス(DEMOS)を利用したオンライン方式での判例データベースを構築することに関するシステムの検討を依頼するとともに、そのプログラム設計を依頼する技術支援の申込をし、本件契約締結の後である同年八月頃、同方式による判例データベースについて、被告日東工業と契約したデータベースとは全く別のもので法律的には何ら問題はないので被告日東工業とは別個に資金援助してくれる会社を探してくれるよう丙川に依頼したが、丙川から本件契約に違反するとして反対され、やむなく被告日東工業及び被告レオンと協議した結果、オンライン方式によるデータベースについても、被告レオンが日本電信電話株式会社に対して技術支援料(分割利息を含めて二一〇〇万円)を支払って、被告両名がオンライン方式によるデータベースサービスの提供を行うことに合意したことによりオンライン方式のデータベースの作成、引渡債務が具体化したものであるから、原告が被告日東工業に対し一万件の判例をデータベースに収録する債務を負担していたとは認められず、その他具体的に判例件数や収録範囲を合意した事実を認めるに足りる証拠もないから、原告は、客観的にみて専門的見地から判断してデータベースに収録する価値があると合理的に判断される判例を収録すれば足りるものと解すべきである。

また、本件契約の内容及び被告日東工業がABC及び原告に多額の対価(後記三記載の五九〇〇万円)を支払っていることに照らすと、オフライン・バッチ方式の判例データリスト及びオンライン方式のデータベースとも少なくとも適切な検索を行えるだけのキーワードの付加がなされていること、また、判決抄録や判例論評(コメント)、オンライン方式のデータベース中の判決要旨も正確適切な内容であることを要すると解すべきである。

(二) 昭和五九年末までに言い渡された公表判例の判例データリスト及び判決抄録を入力したフロッピィディスク及び判例コメントの引渡義務について

前記1(六)の事実によれば、原告は、被告日東工業に対し、判例データリストのフロッピィディスク及び判決抄録をプリントアウトしたものを引き渡す債務を負っていたと認められる。なお、どの時点までの判例を入力しておくべきかについては、その点に関する明確な約定はないから、客観的に合理的な範囲内のものであれば足りると解するほかない。

判決抄録を入力したフロッピィディスクそのものを被告日東工業に引き渡すべき義務を原告が負担していたことを認めるに足りる証拠はない(判決抄録のユーザーへの提供はプリントアウトしたものがあれば十分に行いうること及び一九八五年一〇月二五日付の原告から朽網宛の通信文中の「抄録のコピーを来週からはじめます。一〇〇部単位で日東工業へ送ります。」との記載をみても、原告が引渡を約したのは判決抄録を入力したフロッピィディスクそのものではなく、プリントアウトしたものであると認めるのが合理的である。)。

また、判例論評(コメント)については、本件契約の契約書第5条3項には、「甲(原告)は乙(被告日東工業)に対し、……総合判例コメントを交付する」旨の規定があるが、本件契約締結の少し前の昭和六〇年六月一一日に、ABCから朽網に対し、「コメントは……まだ完全なものとしてつくりあげていない……」、「総合判例コメントは、すべて一応完成しております。ただし、JAPATICとの件がありましたので、注文があった際に再度教授が目を通すとのことです。……」との連絡をしていること、本件契約締結の際に、原告の希望により、「総合判例コメント等の売上高には60%の割合による金員を使用料として支払う。」との条項(第2条3項)が加えられたこと、昭和六〇年九月一〇日に、原告から丙川を介しての朽網に対する連絡書中に、「判例総合コメント原稿は90%完成、但し法体系別事項別という一般論の総合判例コメントであるため、具体的なユーザーからの要求に対してはその度ごとに組かえ、注文に適合した判例コメントを作成する。その期間一〇日を必要とする。」との記載があることに照らすと、右条項は、ユーザーからの注文があった都度原告が完成させて被告日東工業に交付する趣旨と解され、注文の有無に係わらず、予め被告日東工業に引渡しておくべき義務を原告が負担していたとは認められない。

(三) 前記1(六)の事実によれば、判例データリスト及び判決抄録の作成

(フロッピィディスクへの入力)債務並びに判例データベースを入力したフロッピィディスク及び判決抄録をプリントアウトしたものの引渡債務の履行期は昭和六〇年一〇月末日であると認められる。なお、本件契約は、原告及び被告日東工業の双方とも、本件契約締結当時に判例データリスト及び判決抄録が完成していないことを前提に契約を締結したものであるから、契約と同時にそれらを引き渡す義務があったと認める余地はない。

3  原告の債務不履行

(一) 原告は、本件契約締結の後、フロッピィディスクに入力された判例データリストの修正と判決抄録の作成に着手したが、昭和六〇年九月一〇日のファクシミリ通信の時点においては、フロッピィディスクに入力された判例データリストを修正中であり、判決抄録のフロッピィディスクへの入力は、産業科学研究室において作成済の分が九二件、ABCが作成した分が五二四件、外注して作成した分が二〇八四件の合計二七〇〇件が終了していたが、残り二一〇〇件につき、判決抄録のフォーマットに判決文の写しを切り取って貼ったり、手書きで書き込むなどの入力原稿作成作業を行う予定でおり、未了部分につき、判例データリストのフロッピィディスクの修正は九月三〇日に終えて、フロッピィディスクを丙川を通じて被告日東工業に送付し、判決抄録は原稿の残りを一〇月二〇日に脱稿して、外注によるプリント作成を一〇月三〇日に完成する予定でおり、その旨を丙川を通じて被告日東工業に連絡したが、外注して入力した判決抄録と判決文との照合や、未完成分の判決抄録の入力原稿作成、貼りつけ作業、判例データリストのフロッピィディスクの修正等に手間取り、学生アルバイトを使って貼りつけ作業するなどして、結局、同年一一月初め頃までに、判例データリストの修正を完了し(但し、重複を排除した結果、判例数は修正前の約四八〇〇件から約四六〇〇件に減少した)、判決抄録は、約四六〇〇件の判例についてワードプロセッサによりフロッピィディスクに入力する為のフォーマットへの貼りつけ作業を終えたが、ワードプロセッサへの入力は、先行契約終了の時点で作成済の二七〇〇件以外に新たな入力を行わなかった。

また、原告は、判例データリストを入力したフロッピィディスクを利用してオンライン方式用にDEMOS用の磁気テープに読み取らせるためのフロッピィディスクを作成し、これを同年一一月に開催された、北の丸データベースショーの際に朽網に引き渡したが、修正後の判例データリストのフロッピィディスクを引き渡したことを認めるに足りる証拠はない(この点につき、原告は、右データベースショーの際に引き渡した旨主張し、原告本人第三回二九丁を証拠として指摘するが、右部分はオンライン方式用に日本電信電話株式会社のDEMOS用の磁気テープに読り取らせるためのフロッピィディスクに関するものであり、判例データリストのフロッピィディスクに関するものでないことは、その内容から明らかである。)

被告レオンマシンは、昭和六一年一月からオンライン方式による情報提供を開始して、昭和六一年二月末から会員による利用が始まったが、右の引渡しがなされたフロッピイディスクからオンライン方式のデータベース用にDEMOS用の磁気テープに収録された判例数は三八二四件にすぎず、適切なキーワード付加がなされていないデータ(アンマッチリスト)が約二一〇〇件あり、その他にも補正を要するデータが一一〇〇件あるなど検索が適切に行えない状態だったため、被告日東工業は、昭和六一年四月頃、原告に対して、その補正及び未収録の判例のデータの補充を催告した。原告は、被告レオンを介して、被告日東工業に対し、同年四月二二日に、昭和五九年までに公表された判例に関するデータの補正を同年五月末までに終了し、昭和六〇年から昭和六一年四月までに公表された判例に関するデータの入力を同年七月までに完了することを約し、その作業を行ったが、同年六月一四日現在で、修正済のアンマッチリストは七五〇件(しかも、フロッピイディスクに入力したものは一〇五件)にすぎなかった。オンライン方式のデータベースは、同年七月以降被告日東工業からの使用料支払いがないため、一部は入力未了となっており、昭和六二年三月の時点でDEMOS用の磁気テープにデータが入力されていた判例数は、三八二四件であった。原告が、オンライン方式のデータベースについて、右三八二四件を超えて追加補正したことを認めるに足りる証拠はない。

(二) (結論)

以上のとおりであるから、次のとおり原告には債務不履行があるといわざるをえない。

(1) 判例データベースの作成(収録)債務については、判例データリストは、原告は、前記対象法領域に関連する判例中、昭和三五年以降に最高裁判所及び下級裁判所で言い渡された判例のうち合理的な努力により入手可能な判例及び大審院又は最高裁判所が編集した明治以降の公式判例集登載の国内判例中、合理的な時点までの判例は、専門的見地から判断してデータベースに収録する価値がないと判断される判例を除き全て収録したことが認められるが、判決抄録は、二七〇〇件を超える分につき、作成(収録)債務の履行を遅滞している。オンライン方式のデータベースについても、収録判例件数(三八二四件)は判例データリストの場合(約四六〇〇件)を大きく下回っており、客観的にみて専門的見地から判断してデータベースに収録する価値があると合理的に判断される判例を収録したとは認められない。また、作成済みのデータの内容についても、判決抄録については、誤字脱字、当事者名の誤り、記載内容上の不整合のあるものがかなりあり、オンライン方式のデータベースについても、前記のとおり、昭和六〇年一一月にはデータを入力したフロッピィディスクを引渡し、昭和六一年二月末からは会員(ユーザー)による利用も始まっていたにもかかわらず、補正を約した昭和六一年五月末を経過した同年七月の時点でなお、作成済のデータには、適切なキーワード付加がなされていないデータ(アンマッチリスト)が多数あって適切に検索できない状態であり、いずれも被告日東工業から収受した対価(後記三記載の合計五九〇〇万円)に見合う質的内容を充足していたとは認められず、この面(品質内容面)においても原告に債務不履行がある。

(2) 引渡債務については、修正後の判例データリストのフロッピィディスクの引渡債務の履行を遅滞しており、判決抄録をプリントアウトしたものも五〇〇件しか引渡しておらず(この点は争いがない。)、その履行を遅滞している。

三  反訴事件の争点2(原告の賠償すべき損害金額)について

1  被告日東工業からABCないし原告に支払われた金額

被告日東工業が一四九六万円を使用料として原告に支払ったことは争いがなく、他に、同被告が、本件契約に関連して、次の金員をABC及び原告に支払ったことが認められる。

(一) 被告日東工業は、先行契約に基づいて判例データベースの使用許諾料として、昭和五九年一一月二〇日に一七三四万円、同年一二月二〇日に三〇〇万円及び昭和六〇年一月二五日に九六六万円の小計三〇〇〇万円を、使用料として、昭和六〇年一月二一日に一月分三〇〇万円、同年二月二〇日に二月分三〇〇万円、同年三月二〇日に三月分二〇〇万円、同年四月二〇日に四月分二〇〇万円、同年五月二〇日に五月分二〇〇万円の小計一二〇〇万円をABCに対して支払った。

(二) 被告日東工業は、昭和五九年一〇月一九日、原告に対し二三四万円を期限を定めずに貸し渡し、被告日東工業と原告は、昭和六〇年二月二一日、右消費貸借上の原告の返済債務につき、利息二一万円、弁済方法は同年四月から昭和六一年六月まで毎月末日限り一七万円宛を被告日東工業に送金して支払う旨合意した。昭和六〇年九月の四〇〇万円の使用料債務のうち六八万円は、弁済期の到来した分割弁済金六八万円の返還請求権と相殺する旨の黙示の意思表示をして支払い、同年一〇月から昭和六一年五月までは毎月一七万円宛を同様に相殺して支払った(前記争いのない昭和六〇年九月から六一年五月までの各支払いの事実及び弁論の全趣旨。この点について、原告は相殺の事実は本件訴訟の被告日東工業の主張により始めて知った旨主張するが、大学法学部の教授である原告が、右二三四万円の消費貸借につき契約書を作成して履行期を定めながら何ら現実の弁済行為をしていないこと〔弁論の全趣旨〕に照らすと、被告日東工業が昭和六〇年九月から六一年五月までの間に契約額を六八万円ないし一七万円下回る金額を振り込み〔争いがない。〕、その頃原告が当該振込の事実を認識したこと〔右争いのない事実からの推認〕により、右相殺の意思表示は到達したものと認められる。)。

2  右(一)のうち、権利金三〇〇〇万円については、本件契約に際して、「被告日東工業が原告に対し権利金(独占的実施権設定許諾の対価)として三〇〇〇万円を支払い、被告日東工業がABCに対し支払済みの使用許諾料を右許諾料に充当する」旨の合意をしたうえで、違反金条項(第11条1項)で「原告が被告日東工業より受けた権利金及び使用料の倍額を違反金として支払う」旨の合意をしているのであるから、右三〇〇〇万円は債務不履行の場合の倍額返還の対象となると認められる。また、本件契約締結に際して、契約締結日を遡らせて先行契約の締結日である昭和六〇年二月二一日と同日付にしている事実に鑑みると、ABCに対して支払済の使用料(合計一二〇〇万円)についても、違反金条項の対象とする趣旨であると推認される。また、右相殺分についても、原告は、相殺によって、自己の借入金返済債務を履行するとともに同額(合計二〇四万円)の月額使用料の弁済を受けたのと同一の経済的状態を享受する(簡易決済機能)のであるから、本件契約の違反金条項の適用に関しては、現実に支払われた場合と同視するのが相当である。

3  本件契約の違反金条項(第11条1項)は、損害賠償額の予定と推定される。したがって、同条項をそのまま適用すれば、原告は被告日東工業に対し、右2の金額と前記争いのない一四九六万円との合計五九〇〇万円の倍額である一億一八〇〇万円の損害を賠償すべき義務があることになる。

しかしながら、右条項は、原告が契約に違反した場合は被告日東工業より受けた権利金及び使用料の倍額を支払うというものであり、契約違反の内容にかかわらず一律に右の如く高額な損害賠償額を予定している点で不合理である。そして、先行契約ないし本件契約は、このような分野ではあまり先例のない取引にかかる試みであるうえ、原告は大学教授、被告日東工業はこのような分野には全く未経験の業者であり、そのため必然的に、契約内容、特にその対象物となる、データベースに収録する判例のデータ、判決抄録及び判例論評(コメント)の各内容(商品に例えると品質)・数量に関し、双方の明確な認識の一致があったとはいい難く、客観的合理的にみて一般に妥当と認められる内容(品質)・数量を供給するという主として信義則に基づいてその内容が決定される性質のものであったし、契約当時データの入力も作成途中のもので、判例も時間の経過とともに増加していくから常に補充が必要であり、いつ完成ということのできない性質のものであり、判例論評(コメント)に至っては注文の都度原告が作成するという内容が全く未確定のものを対象とするものであって、結局、使用を継続しながら、順次当事者の努力により補正を重ねて完全なものに近付けて行くより外ないと考えられる性質の、双方当事者の友好的協力の継続に契約の基礎を置くという、誰が見ても当初より不安定要素を多分に含んでいる契約であったこと、被告日東工業は全く未経験な常業分野への進出であったにもかかわらず、判例情報供給サービス事業に関する調査研究を殆どせず、漠然と利益が上がると予想して右事業経営に踏み切ったものであり、同被告のこのような事業態度も原告の債務不履行を生ぜしめた原因の一つと認められること、本件契約では、「甲と乙は本契約に違反した場合、本契約は解除され違反者は、相手方に対し違反者が所持する本件システムに関する全資料を交付する」との約定があり、右の「全資料の交付」は、違反者が原告である場合には相手方が有線送信、複製及び改訂等、本件判例データベースの公衆への提供に必要な権限を有するとの趣旨を含むと解され、被告日東工業は、原告の債務不履行によって損害賠償請求権の他に右資料及び権限を取得すること(このことによって原告は莫大な損失を被ることになること)、その他本件に現れた一切の事情を併せ考えると、原告が大学法学部の教授であり、その条項の意味を充分に認識して契約を締結したと推認される点を考慮しても、右違反金条項をそのまま適用して被告日東工業に倍額の損害賠償請求権を認めることは公序良俗に反すると認められる。そして、右事情を総合考慮すると、損害賠償額の予定は、被告日東工業が原告に支払った金額と同額の範囲でのみ効力を有すると解するのが相当である。

そうすると、被告日東工業の反訴請求は、五九〇〇万円及び反訴状送達の日の翌日である昭和六二年九月八日から支払済まで民法所定の遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。

四  本訴事件の争点2(被告日東工業の売上高の三パーセント相当額の使用料不払が債務不履行といえるか)について

売上高の三パーセント相当額の使用料の支払いについては、本件契約締結に際し、原告と被告日東工業とが、被告日東工業に利潤が生じる状態になった時点以後支払う旨の合意をしたことが認められる。なお、証人丙川の、「原告が、『ロイヤリティを請求したいが迷惑をかけているので儲かってからにしましょう、私もそれを期待しています』と述べた」旨の証言は、前記二1記載の本件契約に至る経過(特に、ABCから被告日東工業に交付した判例データリストのフロッピィディスクが補正を必要とするものであり、先行契約締結当時作成済の判決抄録が一部のみだったにもかかわらず、原告及びABCが判決抄録の作成及び判例データリストの修正を十分になしえず、本件契約締結の時点では、被告らはABCや原告に多額の金を支払う一方で投下資金回収の見込みが全くたっておらず、原告は、右作業が遅れたことに責任を感じていたこと)及び原告は昭和六二年頃まで右使用料の支払いを催告していないことに照らして信用できる。

五  本訴事件の争点3(被告日東工業の月額一〇〇万円の使用料不払が債務不履行といえるか)について

前記二記載のとおり、原告には、本件契約上、昭和六〇年一〇月末日までに判例データリストのフロッピィディスク及び判決抄録を完成し、判例データリストのフロッピィディスク及び判決抄録をプリントアウトしたものを被告日東工業に引き渡すべき債務があったと認められる。また、前記本件契約締結に至る経緯に照らすと、使用料支払債務は、同年一〇月分(弁済期一〇月二〇日)までは、原告によるデータベース作成の対価としての性質を有し、一〇〇万円に減額された一一月分(弁済期一一月二〇日)以降は、データベースの使用、データ更新及び新たなデータベース作成の対価たる性質を有するものと認められる。したがって、原告は、右一一月以降の使用料の支払債務に先立って、被告日東工業が、オフライン・バッチ方式によるデータベースの検索及び判決抄録の複製サービスを支障なく行えるように、完成した判例データリストのフロッピィディスク及び判決抄録をプリントアウトしたものを引き渡すべき義務があると認められるところ、原告は右義務を昭和六一年七月分の一〇〇万円の支払期限(七月二〇日)までに履行したとは認められないうえ、前記二3(二)(1)のとおりオンライン方式のデータベースの作成債務も遅滞し、品質面の瑕疵の補正も完了していない状態にあったから、被告日東工業が昭和六一年七月以降使用料の支払いをしなかったことを違法ということはできず、同被告は右不払につき債務不履行責任を負わないというべきである。

六  本訴事件の争点4(被告らの有線送信権及び複製権の喪失の有無)について

本件契約の契約書第11条1項には、「甲と乙は本契約に違反した場合、本契約は解除され違反者は、相手方に対し違反者が所持する本件システムに関する全資料を交付する」と明定されており、右の「全資料の交付」には、有線送信及び複製の権限の交付(授与)を含むと解されるところ、前記二認定のとおり、原告に債務不履行があったと認められる(すなわち原告が右約定にいう「違反者」に該当する。)から、被告日東工業及び同被告から許諾を受けた被告レオンは、現時点においても有線送信及び複製の権限を有すると認められ、原告の主張は理由がない。

(裁判長裁判官 庵前重和 裁判官 長井浩一 辻川靖夫)

〈以下省略〉

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